平成30年度 研究費・奨学支援委員会 委員長 成瀬英次 (平成30年12月26日審査)
2018/09/20


電気工学科3期生のクラス会(9/15~16) Yutaka Abe
2018/09/16

 今回、を卒業後初めて行いました。川口 元一先生、吉野 誠司先生にも出席いただき

、13/37名の卒業生の出席で、湯の山温泉の「希望荘」にて9/15~16にて行いました。

卒業後初めてで43年ぶりの方々、先日の深圳ツアーに同行した方、東は横浜市、西は宝塚市、北は長野市から色々でした。

皆さん、60歳を超え、定年退職を迎えた方々が殆どですが、益々元気で、

時空の隔たりを超え昔話、近況報告、今後のクラス会の開催について等にて多いに盛り上がりました。

写真は、集合写真と宴会中の川口先生の最終講義「私の4/5代記」で盛り上がっている所です。

次回は、次回は、彦根方面で決定しました。

新電子立国 深セン、またはアジアの新シリコンバレー  80年卒 電子工学科 川口昌良
2018/09/13

目的・・20189月に工学部同窓会主催の「最新IT体験&視察ツアーin深セン」に参加させていただいた。大学卒業後に電子機器製造業に就職したため、深センの名前は昔から「電子部品と電子機器の巨大製造工場(iPhonePlayStationなどを作るフォックスコン(鴻海)の巨大工場もある)」として聞いていただが、最近は電子部品に加え、最新のドローン、人工知能(AI)、ロボット、開発型企業、の話をテレビや新聞で目にすることが増えていた。年間売上4兆円のアリババを生み、ドローン業界で世界市場の80%以上を占めると言われているDJI社を作った町、新シリコンバレーと呼ばれている都市、それらを支えた技術者、支える環境を見たかった。これらのことから深センの電子業界は今どうなっているのか知りたい、絶対に行きたい、と思っていた。

 結果と内容・・深センは、50年前の日本がそうであったような、アイデアと活気と挑戦心を持つ若者(または青年、年齢に関係なく)にチャンスを容易に与えてくれる、まさに新電子立国、あるいはアジアの新シリコンバレーだった。
 本家シリコンバレー(米国、カリフォルニア)はアイデアを持つ人間にいまでもチャンスを与えてくれるが、最近ではその将来性として売り上げ数億円を期待できないと投資してもらえないらしいが、新シリコンバレーの深センでは売上が1千万円程度でもチャンスをくれる、と言われている。だから挑戦者、若い起業家が絶えない。
 深センは香港に接する人口約1500万人(現地ガイドは昼間の人口は2000万人と言う)の都市で、約20万人の漁村だったがここを1980年に鄧小平氏が中国初の経済特区として開発した極めて新しい都市だ(ちなみに1980年は私が三重大学を卒業した年だったのでなにか不思議なつながりを感じた)。このため町は区画整理されており、新しい家、ビルしかなく、極めて清潔で、安全な街の印象だ。



初日に日本向けの高品質の電子機器を小ロット(1000台から)で製作する「ジャネシス社」(上の写真)を訪問させてもらった。中国工場のイメージひっくり返す衝撃的な会社だった。作業場はクリーンで、静電気もチリも制御され、小型ロボットが作業者の隣で稼働しており、高品質の製品を作る環境であると納得できた。さらに技術担当者の「高須正和さん」(業界では有名人と後で知った。グーグルで検索すると多くヒットする。この人のプレゼンを手配してくれた今回のツアー企画責任者に感謝)は「目からウロコ」の話で秀逸だった。まとめると以下のような内容だった(食事時に直接お聞きした内容を含む)。
<深センについて>
1.携帯電話、PC、ロボット、などあらゆる製品の中間部品(中身の部品実装済み基板だけという意味。たとえばiPhoneのスピーカーモジュール、別の製品のCPUボード、Bluetoothモジュール、LiNH充電モジュールなど。中古、ジャンク品含む)が電気街の部品屋に多く放出されているので、新製品を見れば、1週間程度でオリジナルに近いコピーが作れる。新機能を加えれば売れる新製品が簡単にできてしまう。
2.アイデアがあれば、高度な電子機器の試作品を安価に1週間で作れる。重要なケースも無数の既製品のケースだけが販売されているので、立派な製品が作れる。だから起業家が世界中から集まってくる。ちなみに約50%は欧米人とのこと。本家シリコンバレーではなく深センで起業するアメリカ人が増えているとのこと。
3.無数の作業場(工作室)付き賃貸オフィスがあり、3Dプリンタ、レーザーカッター装置を自由に使えてデスク1つならおおむね月2万円で借りられるので、試作が簡単に作れる。
4.無数の大規模、小規模の投資家(ベンチャーキャピタル)がおり、アイデアを見せれば製品化までサポートしてくれる。上記の作業場付き賃貸オフィスのオーナーは彼らの上場時の利益分配を期待して投資もしてくれるらしい。
<中国企業との取引について>
1.  品質は工場ごとに決まっている。故障率10%以上から1%以下まで選べる。製造単価が安いという理由で不良率の高い工場に依頼したあとに、「将来的にあなたのためだから品質を改善しろ」というのは日本的な考えで、通用しない。言ってはいけない。故障率10%ですでに巨大な利益を得ており、またこれを許す市場が世界にある。→これは「目からウロコ」話だった。
2.  値切ってはいけない。
3.  性悪説で考える。
4.  要求を押し付けない、など。
 
   


待ち望んでいた大電気街「華強北(ファーチャンペイ)」に行った(上の写真)。80m以上の広い道路の両側に大きなデパートのようなビルが並ぶ、日本の東京・銀座のような街だ。
日曜日はその東京・銀座と同様に歩行者天国になっていた。しかし、見えているデパートはすべて電気・電子部品や、PC・カメラを含む電子機器、だけを売る間口2m程度の小さな店舗が各フロアに数百店舗入る、電子部品のデパートだ。
 上記の写真のビルの6階から8階まで、すべての小さな店舗がLEDや、LEDテープ、を販売していた。つまり数百店舗が同じフロアでLEDを売っている。常識では考えられない。店舗の拡大写真では、間口2m程度の店舗で男性店主が対応しているのがわかる。チップ抵抗を巻いたリールが並んでいる店舗もある。東京・秋葉原や大阪・日本橋の電気街では見たことがない景色だ。
 ここに携帯電話やそのほか多くの電子機器の中間部品(中身の部品実装済み基板だけという意味)を販売している店舗が無数にあるため、基本的な構成を考えて、集めれば、それなりの製品がすぐにできそうだ。デパートの1階には加工済みケースを1個から販売するケース屋もあるので、最後にケースを買ってそれに実装すれば試作1台目は完了するかもしれない。
 ドローンの世界市場80%を持つと言われるDJI社を生んだ町でもありドローンの販売店舗も多く、カメラ・ビデオ付きで使えそうな小型ドローンが豊富に売られている。確認用にビデオカメラ付き超小型ドローン(コントローラ付き)を110中国元(約1800円)で1台購入した(下の写真)。2.4GWiFi内蔵なのでiPhoneだけで制御できるが、もちろん日本の技術基準適合認定(技適)を取得していないので日本では使えない。回路的にかなり高度なので、その開発費用と製作費用、部品原価を考えると、とても1800円程度では販売できないと常識では考える。が、深センでは可能なのだ。

 作業場付き賃貸オフィスを訪問した(下の写真。机一つが1人の事務所スペース)。机1つを借りると作業場と設置された工具(3Dプリンタなど)が自由に使え、さらに共有のミーティングルーム、飲食スペース、無人販売の食品スペースが使える。隣の机は別の会社、ということだ。大部屋にさまざまな起業家、会社(おおむね1人会社)が入って、さまざまな新装置を開発している。1ヵ月2万円くらいから借りられるらしい。日本にもファブラボなど会員製の工房が増えてきているが、占有できる事務机付きの工房は聞いたことがない(少なくとも私は知らない)。極めてうらやましい。

 日本のテレビニュースや新聞でも話題になった無人のコンビニを訪問した(下のガラス張りのコンテナのような店舗写真)。ご存知の人は多いと思うが中国では多くの店舗(露天でも)支払いは電子化されており、現金をほとんど使わない。商品に張り付けられたQRコードを読み取り、表示された金額をクリックして認めれば支払いが完了する仕組みだ。このサービスを提供する会社は2社あり、多くの人がその支払いのためにAliPay(アリペイ)かWePay(ウイペイ)のいずれかのスマホ用アプリを使用している。ちなみに前者はAlibaba(アリババ)が運営、後者は日本のLine(ライン)に相当するWeChat(ウイチャット)を提供する会社が運営している。
 この無人コンビニでは商品を購入する以前に、まず建屋に入るためにいずれかのアプリでQRコードを読み取る必要がある。残念ながらいずれのアプリも支払方法として中国国内の使用者の銀行口座に連動させており、いずれも自分のiPhoneにインストールできたが、結局アプリは使用できなかった。したがって、ガイドさんに数人ずついっしょに入室させてもらい、体験できた。見学しているときにも若い女性が入ってきてドリンクとお菓子を買って出て行った。簡単に終了する。ただし、セキュリティーが厳しく、入り口も出口も2ドアとなっており、1つめのドアを閉めないと2つめのドアは開かない仕組みだ。出る時も持っているものを計測カウンターに置き、正しく認識させないと出口の扉は開かない。24時間営業している、ということだが、システムの信頼性、安全性、にちょっと不安が残る。単価が安い商品だけの販売で、そもそも利益が出るのだろうか。

 その後、アリババ本社ビルなど多くの新興企業の巨大な自社ビル(いずれも数十階建てで想像を絶する)を見るなど、23日の深センツアーを駆け足で終えた。さまざまな「目からウロコ」の情報を知り、また貴重な体験をすることができ、きわめて有意義な3日間だった。深センの起業家の熱いエネルギーを実感した3日間だった。帰国してからは「なんとか深センにオフィスを借りて起業できないか」と考えて、作業工房付き賃貸オフィスのWEBを見ている毎日です(夢)。

 このような機会を提供してくれた工学部同窓会会長、柿崎さん、また、今回の視察ツアーのさまざまな手配、準備をしていただいた森川さん、また現地ガイドさん、に深く感謝いたします。ぜひ、定期的にこのような視察ツアーを開催していただけることを強く期待、希望します。
 今回は学生の参加はありませんでしたが、「若いころに訪問していれば人生が変わっただろう」と思わせるツアーだったので、ぜひ、次回は参加されることを強くお勧めします。何年後かに「今年は三重大学の学生3人が華強北(ファーチャンペイ)で賃貸オフィスを借りて、起業してますよ」、という話を聞きたいものです。

ありがとうございました。


最新IT体験&視察ツアーin深圳  越智博通  (工学部電気工学科第一期(S48)卒業)
2018/09/12


■180907~8 「ITツアー感想記」
 
三重大学工学部の柿崎賢一同窓会長の発案で2018年9月7日~9日に、三重大学工学部の卒業生を始め関係者を組織し「最新IT体験&視察ツアーin深圳」が挙行された。私も三重大学工学部のOBとして北京から現地参加した。
 
今の世の中、IT無くして生活・産業を語れないほどあらゆる分野にITが浸透してきている。その発展のスピードも目を見張るものがある。
 
今回私が参加を申し込んだ理由は二つあった。かねてから近年の深圳の発展ぶりを耳にしており機会を見つけて一度現状をこの目で見たいと思っていた矢先のタイミングのいいツアーの誘いであったということ、もう一つの参加理由は、三重大工学部の卒業生との交流が図れるいいチャンスということだった。
 
久しぶりに深圳に行ったが、以前に行った時の深圳のイメージと今回のそれは全く別物のように変わっていたことに大きなショックを受けた。今回訪問したIT会社二か所のプレゼンテーションを受けたが、深圳という都市が「中国のシリコンバレー」と言われる理由がよく判った。限られた時間の今回の訪問であったがこの街の変貌ぶりとパワフルな現況をあらためて認識ができ本当に有意義なツアーだったと私自身はその成果を喜んでいる。
 
また、「先輩は頼るもの、同輩とは助け合うもの、後輩には面倒見るもの」という考え方を持つ私としては、今回のツアーを通じてこれまで面識の無かった三重大の後輩と出会い、同窓の輪がまた少し広がったことは自分としてのもう一つの大きな成果だった。しかし残念だったことは、参加数をみてこのツアーを有意義なチャンスと思った人が少なかったことだ。
 
これからも三重大学工学部同窓会で同様のイベント開催を強化していくとのことなので今後を期待したい。
 
越智博通(中国・陸通印刷グループ董事長)
三重大学工学部電気工学科第一期(S48)卒業


平成30年度 最新IT体験&視察ツアー 海外視察委員長 柿崎賢一 (平成30年9月7日から9日)
2018/09/07


電気工学科5期 中部(地区)の同窓会 2018/4/7開催 電気工学科 5期 天田
2018/07/11

電気工学科5期 中部(地区)の同窓会 2018/4/7開催

今年は新年度最初の土曜日47日に、電気工学科5期中部の同窓会が、時間通り全員が集合、お決まりの挨拶「皆さん、今年も1年間ご無事でなりよりです。乾杯」で始まりました。
今年で同窓会は5年連続の開催になりました。
今年の会場は、名古屋駅前の名古屋ビルディングB1F「柿安本店」。毎回会場は変えるも、時間はランチタイムでおこなっています。なぜランチタイムかは、あとで説明しますが、ランチを食べながら、去年1年間に起こったことの簡単な紹介等を、みんなが自由にわいわいと話すフリートークが同窓会の主なイベントです。
今年は、たまたま2人方が初参加されたので、改めて全員が現状の自己報告を行いましたが、その他の話としては、今年は特にタケノコの当たり年で、たくさんとれるのでタケノコ掘りが大変だという話があちこちで話されていました。
 ランチタイムなので、時間が来るとお店の方から「そろそろお時間です」との案内が来ます。それを合図にお互い元気な様子を確認し合い、「それではまた来年まで、元気でね。」と散会になり今年の同窓会も終了しました。
中部の同窓会は、サラリーマン生活も終わりが見え始めたころ、「又同窓会やらない」との年賀状をきっかけに(卒業当初、しばらく同窓会をやっていました)59歳の時に再開したものです。できるだけ多くの人が参加できる様にというコンセプト「参加に負担が少ない同窓会」を目指しました。
具体的には、少々遠くからでも来られる開催日時と場所、時間と費用はほどほど、参加に面倒な準備が不要、という条件を満たす、休日の、お昼に、名古屋駅付近、ほどほどのお値段での開催としました。
それ以後参加人数の減少もなく、冒頭でも述べましたよう、5年連続開催になっています。
数年前からは、参加者の中には、不思議と女性も参加されています。電気工学科5期には女子学生などいなかったような気がしますが・・・まあ細かいことは問わず楽しく、気楽に開催しています。
ちなみに5年が経ち、参加者13人の内、毎日が日曜日の人の割合(日曜日率)6人/13=46%50%に近づいてきました。0%から始まったこの日曜日率が100%に向かうのは必至。50%近くになり、そろそろ新しいコンセプト、新しい具体策の同窓会の検討が必要になってきたと考えています。
最後になりますが、例年同窓会の開催日の日程調整は2月頃に始まります。もし参加できる方があれば、電気5期のクラス幹事である西井さんか、三重大学教授の松岡先生に連絡してください。



三重大学名誉教授富田宏先生を偲ぶ会  富田研 田中 貢(4期生S51年卒) 記
2018/07/08
思い出のアルバム

平成30630日に故富田宏三重大学名誉教授を偲ぶ会が名古屋キャッスルプラザホテルで行われました。
先生は昨年平成291115日にご逝去され、近親者のみで葬儀が執り行われました。
享年94歳でした。富田研究室に関係が深かった大下昭憲三重大学名誉教授と吉野誠司先生から「富田先生を偲ぶ会」を是非開きたいという話が持ち上がり、大下先生が発起人、吉野先生が委員長として工学部電気工学科富田研卒業生を中心に参加を呼び掛けたところ1期生から18期生にまたがる50名近い卒業生が集まりました。富田先生のご子息の和之さん、直子さん、そして川口元一先生も駆けつけていただきました。
 富田先生は大正13年10月15日台湾に生まれ,昭和21年9月名古屋帝国大学工学部電気工学科を卒業され,同46年4月三重大学教授工学部に着任,同63年3月31日停年により退職されました。先生は工学部創設当初の教育研究体制不充分な時期であった昭和48年9月から4年間とその後の拡充期にあたる同58年9月から2年間の通算6年間工学部長を歴任され,機械材料工学科,電子工学科,資源化学科,大学院建築学専攻及び共通講座設置に尽力し,同学部の充実発展に大きく貢献されました。
 偲ぶ会に参加された卒業生47名中、特に1期生は6名、2期生は4名、3期生は6名、4期生は8名と約半分が工学部創設初期に学んだ方々でした。遠くは中国・北京から、また熊本や埼玉からも久しぶりに再会した仲間や川口先生、吉野先生と昔話に花が咲き、またそれより若い卒業生は大下先生と久しぶりの懇親ができました。先生を偲んで和やかで楽しいひと時で時間があっという間に過ぎてしまいました。皆さん口々に「この会を企画していただき感謝します」とおっしゃってみえました。これもひとえに生前我々が接していたころの富田先生のあの優しい笑顔やその穏やかなふるまいがみんなを引き寄せたのでしょう。
 全員で写真撮影を行った後同年代のクラスのメンバーで2次会、3次会、一期生は4次会まで繰り出したそうです。この偲ぶ会を機会により一層クラスや先輩後輩のきづなを深めていっていただければ富田先生も天国できっと喜んでみえると思います。
 これを機会に参加者に工学部同窓会へのご協力も柿崎同窓会長から依頼しました。数名の参加者が幹事になっていただけるとの嬉しい返事をいただきました。本当にありがとうございます。工学部同窓会では同窓会活動を活発化させるため昨年から10人以上のクラス会や同窓会、もしくは今回のような卒業生が集まる場合一人当たり2000円の補助をしています。今回は全額使わず、余った残金を同窓会に寄付しました。
 最後になりましたが、富田先生を偲ぶ会の開催にあたり準備等でお世話になりました大下先生、吉野先生に心から感謝申し上げます。




















三重大学名誉教授富田宏先生 (功 績 調 書より)
2018/07/07

 同人は,大正13年10月15日台湾に生まれ,昭和21年9月名古屋帝国大学工学部電気工学科を卒業し,同年10月から名古屋帝国大学工学部に於いて磁性材料に関する研究に従事し,名古屋大学技術雇,同大学研究補助員を経て,同25年4月文部教官に任命された。同28年4月同大学助手(工学部)に配置換となり,同29年8月静岡大学助教授工学部に昇任し,同39年10月山梨大学助教授工学部に配置換となり,同43年7月モンペリエ大学理学博士の学位を授与された。同46年3月同大学教授工学部に昇任し,同年4月三重大学教授工学部に着任し,同63年3月31日停年により退職し,今日に至っている。
この間,同人は,永年にわたって,電気電子工学の分野における教育,研究に献身的に努め,幾多の有為な人材を育成し,世に輩出した。同人の研究は,超高圧電子顕微鏡・走査型電子顕微鏡・走査型X線マイクロアナライザー等の各種電子線機器の開発研究,イオン衝撃型表面電子顕微鏡および低速電子線回折による表面の研究,電子線のコヒーレンス
・電子干渉顕微鏡・電子線ホログラフィーの研究など電子光学全般に関するものである。
同人は,特に,日本における電子顕微鏡学の先駆的な研究者の一人として,超高圧電子顕微鏡・走査型電子顕微鏡の開発に打ち込み,我が国の電子顕微鏡技術が現在世界をリードする地位を確立するに至るために,大きく貢献した。電子顕微鏡は,現在,ミクロな領域の極めて有力な観測・計測・評価手段として,工学・医学・生物学等を初めとする諸科学及び産業のあらゆる分野において不可欠な科学機器となり、社会に寄与するところ大であるが,同人の電子顕微鏡技術発展への寄与は極めて大きいものがある。
同人は,更に研究面において,電子線バイプリズム干渉装置をビームスプリッターとするオフアクシス電子線ホログラフィー法を開発した。現在,電子線ホログラフィー法は電子線の干渉現象を利用した超高感度計測法として科学から産業にわたる広い分野で極めて有効に利用できるようになったが,その技術の発展に同人の考案した手法が大きく貢献し,その業績は国際的に高く評価されている。また,電子線の干渉性を定量的に評価する方法を開発し,平成元年5月に日本電子顕微鏡学会論文賞を受賞している。
同人は,これらの研究の多くを産業界と協同で行うことにより多大の成果を挙げており,今日の産学協同研究の先駆的役割も果してきた。
また,大学の管理運営面においては,三重大学工学部長,同附属図書館長,同評議員,同学生部委員会委員,同公務員宿舎入居者選考委員会委員,同広報委員会委員,同附属図書館運営委員会委員等の要職を歴任し,大学運営の枢機に参画した。特に工学部創設当初の教育研究体制不充分な時期であった昭和48年9月から4年間とその後の拡充期にあたる同58年9月から2年間の通算6年間工学部長を歴任し,機械材料工学科,電子工学科,資源化学科,大学院建築学専攻及び共通講座設置に尽力し,同学部の充実発展に大きく貢献した。更に長年にわたり評議員として本学の運営に尽力し,特に全国的な学園紛争時,本学の機能も一時は麻痺状態となり,教育は勿論のこと研究体制作りさえも多大の影響を受けたが,同人は,紛争の収拾に身体を張って対処するなど,学内の正常化に献身的に努めた。加えて昭和55年4月から2年間は本学附属図書館長として図書館の充実並びに人文学部創設に伴う一般教育体制の確立に尽力するなど,三重大学の発展に貢献したその功績は多大なものがある。
学外にあっては,日本電子顕微鏡学会評議員,同学会関東支部評議員,同学会関西支部評議員,電気学会東海支部評議員等を歴任し,学会の発展に大きく寄与した。更には三重県公害対策審議会委員,四日市市公害対策審議会委員として,学識経験者の立場から自己のもつ学識を十分活用し,地域行政の面でも幅広く貢献した。
以上のように,同人は,教育者として,また,研究者として高等教育の発展と我が国学術の進歩,更には関係諸学会,地域社会の発展に多大の貢献をしたものであり,その功績は,まことに顕著である。


三重大学工学部電気工学科 3期 クラス会のお知らせ  (阿部 豊)
2018/07/07


・日時:H30年9月~10月初めの土曜日の夕刻
・場所:三重の北部、名古屋近辺で一泊で行いたく考えます。
・川口先生、井先生、吉野先生コンタクト中です。
・費用は2万円くらい。
・10名以上になれば、同窓会本部より2,000円の補助が出ます。
・希望者は三重大経由で行く。
皆さんの多数のご参加をお願いします。





https://mieunitecele.jimdofree.com/『三重大学工学部電気工学科 3期』 クラスのホームページ


グロ^バル人材育成い委員会 委員長 田中貢 (平成30年5月15日)
2018/05/15
    10人の応募者から下記の4人を選考しました。 
  ●工学研究科機械工学専攻 
  尾形優斗 君
 ●工学研究科物理工学専攻
  加藤夕奈 さん
 ●工学研究科機械工学専攻 
  宮脇優斗 君
 ●工学研究科建築工学専攻 
  今井菜月 さん
 に同窓会より各25万円贈呈しました。 
              

工学部主催 学内合同企業説明会 合同説明い委員会 委員長 柿崎賢一(平成30年4月25日から26日)
2018/04/25



シリコンバレーで最先端の世界を体感する ~人生を懸けて叶えたいものを探す~
2018/03/22
[大学・学科・氏名]     三重大学 大学院工学研究科 電気電子工学専攻 1年 福田
[留学先]          アメリカ カリフォルニア州 シリコンバレー
[期間]           2018年3月11日(日)~3月18日(日) 1週間
[留学日程]         SSISシリコンバレーツアー」へ参加
3月11日(日)羽田空港にてオリエンテーション、アメリカサンフランシスコバークレー着
3月12日(月)UCB Swarm lab.訪問、Autodesk Pier9 workshope、近郊観光
3月13日(火)Synopsys社訪問と討論、実業家・谷川秀行氏訪問と討論、Stanford大学観光
3月14日(水)Stanford大学INMP Lab.訪問とミーティング、Computer History Museum訪問
3月15日(木)Lam research社訪問と討論、Intel Museum訪問
3月16日(金)東芝メモリ北米開発センター訪問、Wrup up討論(まとめ発表)
3月17日(土)サンフランシスコ空港からロサンゼルス経由で羽田空港発
3月18日(日)羽田空港着
写真は現地時間3月17日東芝メモリ北米開発センター前
(中央前:自分、中央後:副社長、他同行メンバー)
[応募きっかけ・就職活動・自分という人間]
私がなぜ留学しようと思ったのか、について書く前に私が置かれている状況(就職活動)や自分について書きたいと思います。私は大学院の1年生であり、人生を決めるといっても過言ではない「就職活動」の最中です。今まで歩んできた人生。そしてこれからの人生。その方向を決めるために、自分の軸になっているものを探していました。私は高専出身なので、電気電子工学を約8年間学んできましたが、正直これからの人生はどんな選択をしても良いんじゃないかなあ~とか、どれでもいいんじゃないかなあ~とか、そんなふんわりイメージを持っていました。自動車?ロボット?IT?医療?化学?現代には面白いことが調べればすぐ出てきますし、入ってから何をするかなんてものは、希望通りにいかないことがほとんどだと思います。でも、その中で自分という存在は1人しかいないのだから、1つだけを選ばなければなりません。よくわからないなあ~、大手入ったら派閥とかあるんだろうし、エリートばかりだと自分がやりたいように伸び伸びできないだろうし・・・。そのような言い訳というか、悩みというか、ふんわりイメージを持っていました。その後、色々な会社の説明会を聞いていった結果、私はざっくりですが、自分の研究分野である「半導体」とものづくりの原点と考えていた「自動車」の分野で働きたいなと考えるようになりました。理由は、どちらにも自分が働いた時のイメージを持つことができたことと、単純に面白そうと直感で感じたからです。そして、本当はどちらがやりたいのかを確かめる為に私は行動しました。
まずは「自動車」です。やりたいことが本当に自動車なのか確かめる為に、トヨタ系列を中心に約1週間以下のインターンシップに合計4社参加しました。事前に考えていたように非常に面白い経験ができました。ですが本音を書くと、本気で叶えたい未来に向かうというよりは、トヨタ自動車の方針に沿って、その中でどうするかを考え実行していこうとする考え方だと感じました。各々の車載シートやブレーキシステム等の技術を活用して、これからも最先端の製品を生み出していく、という姿勢は素晴らしく感じたものの、チャレンジ精神の低さ、周りに合わせる古き良き日本企業の象徴だと思いました。特に感じたのは「電気自動車や自動化になった時にどうするのか」に対して、楽観的でチャレンジしないのかな、と思った点が疑問でした。また、周りの就活生もトヨタ系列という安定が約束された看板の下で、無難な選択をしてきていると感じました。彼らが悪いわけではなく、トヨタ系列にはそういう人達が集まってきて、社員にも多いんだと思った時、これは違うな、と思いました。出る杭は打たれる、風土があるところで自分はできないなと。私は主にトヨタ系列しか見ていませんが、自動車は違うと思うようになりました。そして次に、半導体をやりたいのか確かめる為に行動しました。
半導体分野は知っている人も多いと思いますが、過去の1990年代は日本が世界のトップを走っていました。当時では売上高のトップ10に日本の企業が半分入っていました。しかし、現在は東芝(東芝メモリ)の一社のみ。完全に日本が世界で負けた分野です。だから、安定してないし、将来どうなるかわからないと考えていました。だから、私の周りでも半導体関連の企業を選ぶ人達はほとんどいません。しかし、私は四日市の東芝メモリに工場見学した際、自動化された生産工場と世界最大のNANDフラッシュメモリ工場、そして働いている人々の活気を見たとき、その不安要素は大きく取り払われました。ニュースや周りの人が話しているような悲観的な内容ではなく、むしろ東芝と分社化したことによるメリットが大きいという話で、これからの未来を歩んでいく強い意志を感じました。また、私は半導体分野の中でも、半導体を生み出す為の半導体製造装置分野にも興味があり、工場見学しました。ここでの経験が今回の留学に繋がります。半導体製造装置を買う企業はどこか、それはAppleIntelといったシリコンバレーにある世界トップ企業です。そこに納得してもらう製品を作るためには、圧倒的な技術を持っていなければなりません。だから、半導体製造装置を作る企業って面白いなと思うようになりました。韓国や中国といった企業がどんどん台頭してきている中でも、確かな地位を築き、本当に挑戦し続けている。そこが私に合っていると思いました。この半導体分野と半導体製造装置分野のどこかの企業に就職していきたいと考えるようになりました。そして、ふと思ったのです。半導体分野の企業に入った時、「敵はどこだ」、半導体製造装置分野の企業に入った時、「顧客はどこだ」、それはアメリカ、特にシリコンバレーにあるんじゃないかと思ったのです。このように、自動車と半導体で悩み、自動車は違うと感じました。そして、半導体では世界を見なければならないと感じました。

 [参加目的]
先に述べたように、私が半導体分野、半導体製造装置分野に就職した際、世界を動かしているシリコンバレーにある企業やそのような企業が生まれるシリコンバレーという場所を知っておくことが将来の人生において重要であると考えた為、このグローバル人材プロジェクトに応募しました。そして、半導体産業人協会(SSIS)が主催するシリコンバレーツアーに参加しました。より具体的な目的は、自分の目でシリコンバレーを体感し、「自分に足りないものは何か」、「どういう目標を持って頑張れば良いのか」をはっきりと自覚することです。

[訪問先で行ったこと・感じたこと・考えたこと]
訪問先は大学・企業・博物館の3つです。訪問先で学んだこと、経験したことについて述べます。まずはカリフォルニア大学バークレー校の井上隆秀教授より、「働き方改革とIoT」について学びました。

(井上氏の言葉解釈)“働き方改革により、帰れる時間が早くなったり、ブラックじゃなくなったりと利点がある反面、社会が回らなくなったり、個人の成果ばかりに焦点が当たるようになったりするという長所と短所がる。つまり、仕事と暮らし、勉強、社会制度等の複合的な改革を起こさなければ、実現しない。また、このような話はなぜ今でできたのか、それは自殺率や少子高齢化、GDPといった問題が引き金となって社会全体としての意識がここに向かったから。そして、これらを解決する引き金となるのがIoTAIRobotになるということ。ではその核心の核心は何か。それはAIRobotがインターネットに結びつき直接状態や意志を伝えあい、行動する時代がやってくるということ。ものが人間に何もしなくていいですよ、という時代。で、IoTでは人間が作った事業等の境目が全て横に繋がり、知識だけでは負ける為、実行力が必要になるということ。つまり生涯学ばなければいけない。”

非常に濃密な話で、現時点で私も具体的にイメージができていません。ですが、一番感じたのは、人生において、常に学び続けることが大切であり、そうできない人間は今後淘汰されていくということ。つまり、今後は意欲を持った時に実現できる環境に身を置く、または作っていくことが大切であると学ぶことができました。そして、モチベーションを上げる方法は人それぞれだが、それを考えて行くことが働き方改革ないしは未来を考えることになるということでした。色々大変なことが起ころうとしているが、逆を言えば面白い時代が到来しているのだから、積極的なチャレンジをしていってほしいという話であり、勇気と希望が湧いてきました。
次に、実業家・谷川秀行氏から聞いた話はとても強烈なお話でした。シリコンバレーが有名になる前から、シリコンバレーで事業を始め、社長やアドバイザーを歴任された方で、日本人の中で一番シリコンバレーを知っている方でした。

(谷川秀行氏の言葉解釈)“自分は有名な大学を出てないので学歴がない。学歴のない人間がなぜ成功することができたのか。他人と同じことを絶対にしないこと、そして、その誰もがやっていない方法で勝つ方法を考え実践すること。そして、目標を持つこと。上手く行かなければすぐまた目標を立てること。自分が他人と違っていることは何かを考えること。英語はマストであり、本当に早く英語を勉強しろということ。英語でコミュニケーションができなければ、どれだけ優秀な技術を持っていても、使えない人間だと思われる。話せないやつはなんだこいつ、と思われるだけ。”

他にも色々な話を聞いたが、なんといってもシリコンバレーの地で、あのトヨタ自動車が進出するはるか前から事業をして、日本とシリコンバレーの架け橋的な存在であった方の言葉を直接聞くことができたのは非常に良い経験になりました。高圧的な方ではないですが、1つ1つの言葉が重いです。特に、私が今の時代の学生に戻ったら何をするか聞いたら、「大きな市場に向かえ」という話でした。その大きな市場に向かう中で、人とは違ったアプローチを考え、どんな勉強をしたらお金になるか、人生の使い方を考えるように教えていただきました。私がふんわりしたイメージで生きていることが恥ずかしくなりました。また、日本での英語の考え方ではいけないと痛感しました。英語ができて当たり前の時代にまだ日本では英語ができなくてもやっていけると思われているのが、遅いなと思いました。私も英語力には自信がないので、今後もっと普通に英語を勉強していけたらと感じました。

最後に、シリコンバレーについて、主にスタンフォード大学のSaraswat氏と西鋭夫氏からお話を聞きました。シリコンバレーとはどういうところなのか、なぜ起業するのか、その実態についてです。

Saraswat氏と西鋭夫氏の言葉解釈)“シリコンバレーにはPeople, ideas, capitalがそろっているから起業家が生まれやすい。17000起業し、10000が倒産やどこかにいく。若い人々がアイデアをもち、そのアイデアに対してすぐにお金を出して育てようとする環境がシリコンバレー。大学の教授でも研究費を稼ぐために起業する。技術者としてやっていきたいなら、T型人間を目指すこと。そして、T型人間でも深い専門性を早くに学ぶことが大切。なぜなら、深い専門性があればいろいろな人と話すことができる機会を得られるから。”

やっぱりシリコンバレーはすごいなと感じました。日本でも産学連携や起業家養成の為のプログラムが最近多く見られますが、日本の場合はすぐに結果を求めたり、自由にお金を使えなかったりするケースが多いです。それは話の中でも出ていて、シリコンバレーには失敗してもいいからお金を出してあげるエンジェルがいるということ。日本にはそれがないから起業してもAppleみたいな会社は生まれないし、本当の起業はできないのではないかという話でした。また、私は西氏に、日本人について聞いてみました。以前、日本の旧帝大に行った時に感じたそうですが、日本人はとにかく勉強しないし、質問しないし、チャレンジしないからだめだと言っていました。なんと結論は、早く日本を出たほうがいいよ笑、ということでした。日本という環境は学ぶにも起業するにも適さない環境であるということでした。私は一理あると思いましたが、そうはいっても私は日本人なので環境のせいにはできないと思いました。世界を意識しながら勉強し続けていくことが大切であると改めて再認識しました。

[留学後自分の目的は達成できたのか]
他にも博物館、企業を訪問し、日本とシリコンバレーとの学生、大学、企業の違いをまざまざと見せつけられました。日本にいる時には、日本が世界的にも良い国だという刷り込みがありましたが、アメリカから見ると、日本の悪いところ、良いところが見えてくるとはっきりわかりました、そして、今回の目的は十分に達成できたと思います。
「自分に足りないもの」それは2つあると考えました。
=>・広い視野:「日本でどうあるべきか、今どうあるべきか」を意識することは可能性を狭めているだけたということです。どうしても日本国内でキャリアを考えてしまっている自分がおり、もっと時に身を任せた生き方でも良いんじゃないかんあと思いました。
・母国語以外の考え方:「英語が必須・・・だから勉強するはニュアンスが間違っている」んじゃないかと感じるようになりました。英語がなければ自分の目指したいキャリアを歩むことが困難だから、当たり前に勉強する。それくらい当たり前の英語であり、またこれからは英語+αの言語も話せないといけない時代になるのかと感じました。
「目標はどこにあるのか」
=>より具体的な目標は働き始めてから持つとして、それとは別に常に持ち続けたい目標を見つけました。それは自分の可能性を信じ、挑戦し続ける心を持ち続けることです。またその中で、自分にしかできない挑戦をすることです。人違う視点を持つ為には、人が見ている視点は知った上で更にその先を見ることが必要になると思います。その為、常に自分の考えに対して、理由や他に考えられることはないかを考えていかなければならないと思います。

[最後に]

この度は、貴重な機会を頂きまして、三重大学工学部同窓会に深く感謝申し上げます。ありがとう御座いました。これからもこの経験を生かして就職活動や研究活動に精を出して頑張っていきたいと思います。

第 一回工学部同窓会グローバル人材育成プロジェクト報告書 工学研究科物理工学専攻 修士1年 安藤 駿太
2018/03/16

  2018226() ~ 2018310() に工学部同窓会グローバル人材育成プロジェクトとして短期留学を行いました。今回は201710月頃にさくらサイエンス国際交流プログラムでインドネシアのバンドン工科大学の学生を招聘したこともあり、バンドン工科大学で行いました。
 具体的に行った内容としては有機ソーラーセルの作製と表面プラズモン共鳴の観測の実験を行いました。有機ソーラーセルではスピンコーターや化学気相成長法を用いて薄膜を作製し吸光度などを測定し、金属表面における表面プラズモン共鳴の観測を行いました。バンドン工科大学の学生に付き添って教えて頂き実験が理解しやすく、毎日充実した実験ができました。また、私が行っている研究の紹介、そしてバンドン市内の観光をしました。2週間と短い滞在でしたが、バンドン工科大学の学生との交流やインドネシアでの生活を通してインドネシアの大学の特徴やインドネシアの文化を学ぶことができ非常に貴重な体験ができました。











平成30年度 研究費・奨学支援委員会 委員長 成瀬英次 (平成30年3月1日審査)
2018/03/01

公開審査の結果  
電気電子の佐藤英樹准教授に 研究支援として  100万円 


分子素材の藤井義久准教授に 会長特別賞として  50万円 



を同窓会より贈呈しました

電気4期生 クラス会
2018/02/22

電気4期生 クラス会

 2018年2月17日(土)~2月18日(日)の日程で、電気4期生のクラス会を開きました。
 今回は、「カニ」・「温泉」という希望に応え、福井県で開催しました。
 宿は、TVにも度々でている「むきむきみっちゃん」のいる「白浜荘」です。

 当初は8名の予定でしたが、当日に「インフルエンザ」のため1名不参加となり、総勢7名の同窓会となりました。
 前の週に福井県に大雪が降り、8号線で1500名が立ち往生していたニュースを見ていたため、天気だけが心配でしたが、
晴れ男がいる?のか、遅れもなく集合できました。
 17日は東京組と名古屋組が福井駅で落ち合い、郷土歴史博物館・養浩館庭園を見て回りましたが、雪景色に感動しました。
 (ほぼ貸し切りの状態でした)
 夜は、越前がにのフルコースです。
乾杯をしている間に看板娘?の「むきむきみっちゃん」が、全員のカニをきれいにむいてくれました。
 おかげさまで、足の先まできれいにたべることができ、大満足でした。 その後、パラオから帰ってきた安井君のみやげ
 の「タロイモの焼酎」をみんなで飲みながら、昔話で盛り上がりました。 「タロイモの焼酎は、甘みもありおいしかったです。
 18日は、雪の永平寺観光をして解散となりました。
 
 次回は、石田君の幹事で、「鎌倉」で行うことになりましたので、今回不参加の皆さんも是非参加してください。
                                電気4期生 横山


富田 宏先生を偲ぶ会 案内
2018/02/01

富田 宏先生を偲ぶ会のご案内

拝啓、春寒の候 ますます御健勝のこととお慶び申し上げます。
すでにご存じのことと思いますが、富田 宏先生(三重大学名誉教授)は、去る平成29年11月17日にご逝去されました。心より哀悼の意を表します。
葬儀はご遺族の意思により近親者のみで執り行われました。
そこでこの度、富田 宏先生とご縁のあった方々にお集まりいただき、先生の思い出やエピソードを語りながら故人の足跡を振り返りたく、下記のように「偲ぶ会」を計画いたしました。ご多用中とは存じますが、ご参加いただきますようお願い申し上げます。
敬具
平成30年2月

富田 宏先生を偲ぶ会 実行委員会    
発起人   大下昭憲(三重大学名誉教授)
実行委員長 吉野誠司
事務局     田中 貢(4E富田研)

日時:平成30年6月30日(土) 13:00~16:00(約3時間)
場所:名古屋キャッスルプラザホテル(添付地図参照)
450-0002 名古屋市中村区名駅4-3-25 Tel052-582-2121
会費:10,000円(立食形式、当日支払い。)

備考:会費制とさせていただき、御香典・ご供花は固く辞退させていただきます。また、当日は平服でお気軽にお越しいただきますようにお願いします。準備の都合上、ご出席の方は3月31日までに、お名前・ご住所・お電話番号・メールアドレス・同伴者のお名前を、同封の返信用はがきあるいは電子メールでお知らせください。尚、この案内状は富田研究室の方をメインにお送りしておりますが、その他の研究室の方々にもお声がけくださいますようお願い申し上げます。

事務局連絡先:
512-0931 三重県四日市市浮橋1-12-9
田中 貢
Tel09098919050


感謝状(同窓会から三重大学に寄付)
2018/01/11





機械工学科2期生(M2)クラス会報告について
2017/11/27


機械工学科2期生(M2)クラス会報告について

平成29年11月22日(水)、三重大学においてM2クラス会を行いました。
出席者は13名と、若干少なかったですが、まだ現役で働いている仲間も
多くいて、平日には集まりにくそうです。
15時に工学部の旧機械棟に集合し、工学研究科機械工学専攻の中西准教授に
旧機械研究室を案内して戴き、新しい研究の中にも懐かしい機械や実験装置も存在し、
感慨深いものがありました。
16時過ぎに、三重大学病院12階の見晴らしの良い食堂で、我々2期生の恩師である
社河内特任教授・名誉教授と、中西准教授にご臨席賜り、計15名で懇親会を行いました。
先生方による、工学部の現状などの報告や、出席者の出身企業、近況報告等を行った。
あっという間に終了予定時間になり、一本締めでお開きとなりました。
(文責:幹事 清﨑 茂)









                                         











柿崎同窓会会長から清水研究科長へ寄付金贈呈 (2017年11月9日)
2017/11/09


三重大学工学部同窓会では、若手研究者への研究支援と学生の修学支援に寄与するため、平成29年度から寄付目録の支援を行うことといたしました。これらの活動を通じて、科学技術の分野に携わって積極的に物事を解決することのできる広い視野と高度な専門知識や指導力を持つ人材が育ち世界に通用するが研究者や技術者が輩出されることを期待するものです。


グロ^バル人材育成い委員会 委員長 田中貢 (平成29年10月31日)
2017/10/31
審査の結果
⚫電気電子工学専攻 1年 福田  涼 君
⚫物理工学専攻    1年 安藤 駿太 君 

を選び各25万円を贈呈しました。
機械工学科昭和45年度入学生 (M2)クラス会開催のご案内 幹事・清﨑
2017/10/09
平成29年10月吉日
三重大学工学部機械工学科昭和45年度入学生
(M2)クラス会開催のご案内

拝啓 中秋の候、皆様におかれましては益々ご健勝のこととお慶び申し上げます。
さて、下記の通りクラス会を開催しますので、ご多忙とは存じますがなにとぞ大勢のご参加を心よりお待ちしています。
1.開催日時:平成29年11月22日(水)15:00~
2.集合場所:三重大学工学部機械創成棟(旧・機械棟)1階2109室
3.会  費:6,000円(当日ご持参ください)
4.内  容:15時集合
         中西栄徳准教授(M23)の ご協力により機械工学科研究室を主に見学。
       16時 懇親会 
         会場:三重大学医学部付属病院12階 食堂「四囍折々」
         (恩師・社河内俊彦先生にご臨席賜ります。)
18時終了予定        
 なお、準備の都合上、出欠のご返事を11月10日(金)までに、幹事・清﨑までお願い いたします。(TEL.059-255-2197)
敬具



工学部主催 学内合同企業説明会 合同説明会委員会 委員長 柿崎賢一(平成29年4月25日から26日)
2017/05/24


4期電気 パラオで同期会開く(平成28年9月9日から13日)
2016/12/19
 リンク有  (幹事 松井)











天野先生の講演(ノーベル賞受賞記念)
2016/07/09
天野先生を囲み前会長(上村氏、右)、現会長(柿崎、左)
 


工学部主催 学内合同企業説明会 合同説明い委員会 委員長 柿崎賢一(平成28年4月25日から26日)
2016/06/29